RSSという優れた技術は、企業によって陰に押し込まれた

1. 奪われた「裏口」:自由な接続の終焉

2013年7月1日、世界は静かに、しかし決定的に変わりました。Google Readerの廃止――。それは、私たちが「自分の意志で情報を選ぶ」ための自由な裏口(RSS)を、企業が意図的に、組織的に封鎖した記念碑的な日です。

RSSを一言で説明すると、「お気に入りのWebサイトやブログの更新情報を、自動で集めてくれる技術」のことです。RSSを使えば、向こうからこちらに情報が届くようになります。

Googleは私たちを、自由な草原から、「管理された広場」へと追い込みました。そこには利便性がありますが、かつて当たり前だった「自由」と「出口」が消えていました。

2. 「便利さ」という名の檻、そして「捕食者」の誕生

なぜGoogleやAmazonは、ブラウザ版から執拗にアプリへの移行を勧めるようになったのでしょうか。なぜX(旧Twitter)やInstagramは無限スクロールという底なしの沼を用意するのでしょうか。それは自分たちのテリトリーの檻を、より強固にするためです。

対策や知識が必要ですが、ブラウザという空間では、私たちは情報の主導権を握る余地があります。ブラウザの拡張機能を使い、広告を消すこともできます。しかし、巨大テック企業の庭(アプリ)に入った瞬間、私たちは逃れようのない「商業的アルゴリズム」という名の捕食者に遭遇します。

3. 脳科学から見た「無限スクロール」の弊害

なぜ、YoutubeやInstagram、Xといった企業の庭から抜け出せないのでしょうか。それは、人の意志が弱いからではなく、企業のアルゴリズムによって脳の報酬系がハックされているからです。

  • 「可変報酬」の罠:
    「スロットマシン」と同じ原理です。レバーを叩いて必ずエサが出るより、「いつ、何が出るかわからない」状態の方が、脳はドーパミンを過剰に放出します。SNSのタイムラインは、まさにこの「次は何かな?」という期待感を無限に煽り続ける装置です。
  • 「情報の洪水」による前頭葉の麻痺:
    大量の断片的情報が流れ込むと、脳の「評価・判断」を司る前頭前野がオーバーヒートします。こうなると脳は「考える」ことを放棄し、反射的に情報を消費するだけの「受動的モード」に切り替わります。

4. 「捕食者」もまた止まれない——資本主義という名のアルゴリズム

私はテック企業を批判したいわけではありません。彼らもまた、利益を最大化せよという「資本主義という名のアルゴリズム」に命じられる、逃げ場のない構造の中にいるからです。

  • 「関心の総量」というパイを奪い合う:
    人間が画面を見つめることができる時間は、睡眠と仕事の時間を除いた時間です。もしユーザーが効率よく情報を得て10分で立ち去れば、その時間は企業の利益を生みません。他社に時間を奪われないためには、「ユーザーを効率化させてはならない」という逆説的な使命が生まれる。
  • 「右肩上がりの成長」という呪縛:
    上場企業は、株主に対し成長を約束しています。ユーザー数が飽和すれば、次に削り取るべきは「ユーザー1人あたりの滞在時間」です。現状維持すら許されない無限成長のプレッシャーが、より中毒性の高いシステムやアルゴリズムを開発させているのです。

5. 抵抗としての『Signal』

だからこそ、私は『Signal』を作りました。 これは便利さを追求するツールではありません。奪われた主権を取り戻すための、静かな抵抗です。このツールに設けた「不便な制約」には、すべて意味があります。

  • 登録は3アドレスまで:
    無限の関心から、真に大切な関心に絞ります。
  • 1アドレスにつき新着は10件まで:
    脳が処理できる「適正な量」に、情報の速度を落とします。一日に11件以上の新着があった場合は、未読であっても削除されます。
  • 10日で自動削除:
    未読という罪悪感を捨て、情報の「生鮮度」を取り戻します。情報の代謝という機能です。

『Signal』は無限スクロールへのアンチテーゼです。無限スクロールは、過去の情報をいつまでもズルズルと引きずり、脳のメモリを無駄に消費してしまいます。『Signal』の機能上の制約は、脳の「可変報酬のループ」を終了させるための安全装置です。

Signalを開く

6. 主権を取り戻すために:手紙を待つ距離感

Signalが目指すのは、かつての「手紙」を待つような距離感です。 ポストを覗き、何もなければ「今日は静かだ」と画面を閉じる。この「空白の時間」こそが、自分の頭で考える余力(余白)を育むと考えています。

「情報を捨てる勇気」こそが、新しい知見を入れるための空白を生みます。もし本当に重要な情報であれば、それは別の形で必ずまた目の前に現れます。ここで逃しても問題ありません。

「情報は、多ければ多いほど良い」という信仰を捨てましょう。自分のキャパシティを超えた情報は、知恵ではなくノイズです。